- ギュツラフ訳(46) ピニポス ナタナエル メケテ ユフタ. ワシドモ エズスクヲ ナサレスノ ニン. ヨゼフノ ムスロ. ムゼスワト マエカラ シヰテヲル ヒトビト, ハツトホンノ ナカニ ヒト ユエ カイタ コト メケタ。ベッテルハイム訳ヒリピ ナタナエリ イッキャテ イブンニ, モセガ リツポウニ シルキ, シイジンノ キヤアノ イビザキヤイル モノ, ワツタアヤ イッキヤタサワ, コレヤ ナザレテノ ヒト, ヨセフガ クワ, エソ (。)ヘボン・ブラウン訳ピリツポはアンデレとペテロのむらベツサイダの人(ひと)なり ピリツポ ナタナヱルにあひ われらモーセ律法(おきて)のうちにしるし また預言(よげん)しやたちもしるせしもの明治元訳ピリポ、ナタナエルに遇(あひ)て曰(いひ)けるは我儕(われら)律法(おきて)の中(うち)にモーセが載(のせ)たるところ預言者(よげんしや)(※1)等(たち)の記(しる)しし所(ところ)の者(もの)に遇(あへ)り即(すなは)ちヨセフの子(こ)ナザレのイエスなりニコライ・中井訳フィリップはナファナイルに遇(あ)ひて、之(これ)に謂(い)ふ、我等(われら)は、モイセイが其(その)律法(りつぱふ)に、及(およ)び諸(しょ)預言者(よげんしゃ)が記(しる)しゝ所(ところ)の者(もの)に遇(あ)へり、是(こ)れイオシフの子(こ)、ナザレトの人(ひと)、イイススなり。ラゲ訳フィリッポナタナエルに遇(あ)ひて云(い)ひけるは、我(われ)等(ら)モイゼの律法(りつぱふ)にも預言(よげん)者(しや)等(たち)にも錄(かきしる)されし人(ひと)に遇(あ)へり、卽(すなは)ちナザレトのヨゼフの子(こ)イエズスなり、と。永井直治訳ピリポはナタナエルを見出だし、且つ彼に云ふ、我等モヲゼが掟に〔載せたるところ〕、また豫言者等の録ししところの者、イエス、ヨセフの子、ナザレよりの者を見出だせり。大正改訳聖書ピリポ、ナタナエルに遇ひて言ふ『我らはモーセが律法に録ししところ、預言者たちが録しし所の者に遇へり、ヨセフの子ナザレのイエスなり』Textus Receptusευρισκει φιλιππος τον ναθαναηλ και λεγει αυτω ον εγραψεν μωσης εν τω νομω και οι προφηται ευρηκαμεν ιησουν τον υιον του ιωσηφ τον απο ναζαρεθKing James VersionPhilip findeth Nathanael, and saith unto him, We have found him, of whom Moses in the law, and the prophets, did write, Jesus of Nazareth, the son of Joseph.バチェラー訳Piripos Natanaeru koekari wa orota ene itak-hi :— Gusu Mose tuitak kambi kata nuye, orowa, gusu Uweingara utara nuye Nazaret kotan un Yosep poho Yesu chi koekari nisa ruwe ne, ari itak.