- ギュツラフ訳ソノトキニ テシドモ キテ, ヒトワ オナゴニ ハナシヲ セルノヲ オドロク. タダシワ ニンゲンワ オラスニ, ユフタ, オマエ ナニヲ タヅネルカ, ナニヲ ヒトニ ハナシヲ セルカ。ベッテルハイム訳コノ ウイ エソガ デシ カエテ キテ, ソノ ヲナゴト ハナシ•ヨス アヤシダン, ヤスガ ノヲ モトミ•ガ, ナンゾ ヲナゴニ ハナシ•ヨガンデ トウヨスヤ キヨリン ヲラン。ヘボン・ブラウン訳こゝに門徒(でし)きたり をんなにものいふことをめづらしとす されど なにをもとむるや またなんぞかれにかたるやといふ人もなし明治元訳時(とき)に弟子(でし)きたりて彼(かれ)の婦(をんな)と語(かた)れるを奇(あやし)みけれど其(その)何(なに)を求(もとむ)るや又(また)なに故(ゆゑ)これと語(かた)れるか問(とへ)る者(もの)も無(なか)りきニコライ・中井訳適(たまたま)其門徒(そのもんと)來(きた)りて、彼(かれ)が婦(をんな)と語(かた)れるを異(あやし)みたれども、一(ひとり)も、爾(なんぢ)は何(なに)を求(もと)むるか、或(あるひ)は之(これ)と何(なに)を語(かた)るかと、云(い)ひし者(もの)なし。ラゲ訳軈(やが)て弟子(でし)等(たち)來(きた)り、イエズスの婦(をんな)と語(かた)り給(たま)へるを怪(あや)しみしかど、誰(たれ)も何(なに)をか求(もと)め何故(なにゆゑ)彼(かれ)と語(かた)り給(たま)ふ、と云(い)ふ者(もの)なかりき。永井直治訳然るにこのときにあたり、弟子等歸り來れり。かくて婦と共に彼の話(ものが)たりておはすことを異しめり。されど誰も汝は何を索め給ふや〔といひ〕、または何を婦と共に話たり給ふやといはざりき。大正改訳聖書時に弟子たち歸りきたりて、女と語り給ふを怪しみたれど、何を求め給ふか、何故かれと語り給ふかと問ふもの誰もなし。Textus Receptusκαι επι τουτω ηλθον οι μαθηται αυτου και εθαυμασαν οτι μετα γυναικος ελαλει ουδεις μεντοι ειπεν τι ζητεις η τι λαλεις μετ αυτηςKing James VersionAnd upon this came his disciples, and marvelled that he talked with the woman: yet no man said, What seekest thou? or, Why talkest thou with her?バチェラー訳Tata otta koro koikara utara araki; awa, Shinuma shiwentep tura ko-itak an shiri enushkari nisa ruwe ne; yakka :— Hemanda e hunara ya hene, nep gusu nei shiwentep tura ko-itak ya hene, ye guru isam ruwe ne.