- ギュツラフ訳アマツカミワ トキドキニ ヰケスエ アマクダアテ, ミヅヲ ヰゴカス. ミナニン ミヅガ ヰコイテ カラ イチバン サキヰ ハイル, ミナ ヰチドウニ ナヲル。ベッテルハイム訳ケダシ トキ シダイ テンノ ツカイノ イケ (キ) ンカエ ヲリテ, ミヅ ヲゴカキ, ヲヨソ, ミヅ ヲゴキヨス アト, イチバン サチ ウチンカエ ヰキ, ノヲデン ヤマイノ アスヤ, ナヲタヲン。ヘボン・ブラウン訳そはあるとき天のつかひいけにくだりて水(みづ)をうごかすことあり 水のうごきしのち先(さき)に池にくだりしものはなにのやまひによらずいえり明治元訳そは天(てん)の使(つかひ)時々(をりをり)池(いけ)に下(くだり)て水(みづ)を動(うごか)すことあり水(みづ)の動(うごけ)るのち先(さきだ)ちて池(いけ)に入(いり)し者(もの)は何(なに)の病(やまひ)によらず愈(いえ)たりニコライ・中井訳蓋(けだし)主(しゅ)の使(つかひ)、時(とき)ありて池(いけ)に下(くだ)りて、水(みづ)を動(うご)かせり、水(みづ)の動(うご)く後(のち)先(ま)づ池(いけ)に入(い)る者(もの)は、何(なん)の病(やまひ)を患(うれ)ふるに論(ろん)なく、愈(い)ゆるを得(え)たり。ラゲ訳其(そ)は時(とき)として主(しゆ)の使(つかひ)池(いけ)に下(くだ)り、水(みづ)爲(ため)に動(うご)く事(こと)あり、水(みづ)動(うご)きて後(のち)、眞先(まつさき)に池(いけ)に下(くだ)りたる者(もの)は如何(いか)なる病(やまひ)に罹(かか)れるも痊(い)ゆればなり。永井直治訳そは天使、期に循ひて池に降り、且つその水を攪(か)き亂(みだ)せばなり。是の故にその水の攪(か)き亂(みだ)されたるのち、一番に〔池に〕入りし者は如何なる疾に罹かれる者にても、健(すこやか)になりたればなり。大正改訳聖書それは御使のをりをり降りて水を動かすことあれば、その動きたるのち最先に池にいる者は、如何なる病にても癒ゆる故なり)Textus Receptusαγγελος γαρ κατα καιρον κατεβαινεν εν τη κολυμβηθρα και εταρασσεν το υδωρ ο ουν πρωτος εμβας μετα την ταραχην του υδατος υγιης εγινετο ω δηποτε κατειχετο νοσηματιKing James VersionFor an angel went down at a certain season into the pool, and troubled the water: whosoever then first after the troubling of the water stepped in was made whole of whatsoever disease he had.バチェラー訳なし