- ギュツラフ訳ワシヲ ツカイニ ヤル ヒトノ コヲサツワ, ミナニン ムスコヲ ミテ ゾンジル. アランカギリ イノチヲ アル, ワシワ アトノ ツキニ ヒトヲ ヰキカヤス。ベッテルハイム訳マタ スベテ カミムスコ (カミングワ) ミテ シンズル モノヤ, ナガシ ノチ エタヒ, ワネン セカイノ ヲワヨル ヒ コレ イキカシヨスヤ, コレン マタ ワン ツカヨル モンノ シイノ ヲへセダウ。ヘボン・ブラウン訳いかにとなればすべて子(こ)をみてかれを信(しん)ずるものはかぎりなきいのちをえ おはりの日(ひ)にわれこれをよみがへらすべきことは われをつかひしものゝこゝろなればなり明治元訳凡(おほよ)そ子(こ)を見(み)て之(これ)を信(しん)ずる者(もの)は永 生(かぎりなきいのち)を得(う)われ復(また)これを末(をはり)の日(ひ)に甦(よみがへ)らすべし是(これ)われを遣(つかは)しゝ者(もの)の意(こゝろ)なれバなりラゲ訳又(また)我(われ)を遣(つか)はし給(たま)ひし我(わが)父(ちち)の思召(おぼしめし)は、總(すべ)て子(こ)を見(み)て之(これ)を信仰(しんかう)する人(ひと)は永遠(えいえん)の生命(せいめい)を得(え)ん事(こと)是(これ)なり。斯(かく)て我(われ)終(をはり)の日(ひ)に之(これ)を復活(ふくくわつ)せしむべし、と。永井直治訳またすべて子を看、且つこれを信ずる者は永(とこしへ)の生(いのち)を有つべく、且つ終の日に我これを甦らしむべきこと、是れ我を遣はし給ひし者の意なり。大正改訳聖書わが父の御意は、すべて子を見て信ずる者の永遠の生命を得る是なり。われ終の日にこれを甦へらすべし』Textus Receptusτουτο δε εστιν το θελημα του πεμψαντος με ινα πας ο θεωρων τον υιον και πιστευων εις αυτον εχη ζωην αιωνιον και αναστησω αυτον εγω τη εσχατη ημεραKing James VersionAnd this is the will of him that sent me, that every one which seeth the Son, and believeth on him, may have everlasting life: and I will raise him up at the last day.バチェラー訳Inambe gusu ne yakun, Ku Michi irenga anak ne tapne ne; nen ne yakka Poho nukara wa eishokoro guru anak ne ramma okere shomoki inotu koro kunip ne; orowa, okese an toho ta Kuani anak ne shinuma hetopo Ku shiknure kusu ne na.