『ヨハネによる福音書』14章10節 / Gospel according to John, Chapter 14, Verse 10

  • ギュツラフ訳
    エズスク ヒトニ ユフタ. アラワレタ ヒト, アシバカリ シヒカリ アラウ, タダシ カラダワ ミナ キレイナ. オマエタチワ キレイナ, タダシ ミナニン ナイ。
  • ベッテルハイム訳
    工ソ イブンニ, アラータイル モノ アシノ ソトニ アラヨス カナラジ ナイン, ドウイ°ペ キレニアン, イッタアン キレニ アスガ, ソヲヤウヤ マダ アラン。
  • ヘボン・ブラウン訳
    われは父(ちゝ)にをり また父(ちゝ)はわれにをるを信(しん)ぜざるか われなんぢらにいひしことはおのれよりいはず われにをる父(ちゝ)はみづからこのわざをなすものなり
  • 明治元訳
    われ父(ちち)にをり父(ちち)の我(われ)に在(をる)ことを信(しん)ぜざる乎(か)われ爾曹(なんぢら)に語(かたり)し言(こと)は自(みづか)ら語(かたり)しに非(あら)ず我(われ)にをる父(ちち)その行(わざ)をなせる也(なり)
  • ラゲ訳
    我(われ)父(ちち)に居(を)り父(ちち)我(われ)に在(いま)す、とは汝(なんぢ)等(ら)信(しん)ぜざるか、我(わ)が汝(なんぢ)等(ら)に語(かた)る言(ことば)は己(おのれ)より語(かた)るに非(あら)ず、父(ちち)こそ我(われ)に在(ましま)して自(みづか)ら業(わざ)を爲(な)し給(たま)ふなれ。
  • 永井直治訳
    我は父に〔在り〕、父は我におはすことを信ぜざるか。我が汝等に話たる詞は我自身より話(ものが)たるにあらず、されど父、我がうちに居り給ふ者、彼その行を爲し給ふ。
  • 大正改訳聖書
    我の父に居り、父の我に居給ふことを信ぜぬか。わが汝等にいふ言は、己によりて語るにあらず、父われに在して御業をおこなひ給ふなり。
  • Textus Receptus
    ου πιστευεις οτι εγω εν τω πατρι και ο πατηρ εν εμοι εστιν τα ρηματα α εγω λαλω υμιν απ εμαυτου ου λαλω ο δε πατηρ ο εν εμοι μενων αυτος ποιει τα εργα
  • King James Version
    Believest thou not that I am in the Father, and the Father in me? the words that I speak unto you I speak not of myself: but the Father that dwelleth in me, he doeth the works.
  • バチェラー訳
    Kuani anak ne Michi oshiketa Ku an, orowa, Michi anak ne En oshiketa an sekoro shomo eishokoro ya? Echi otta Ku ye itak anak ne Kuani yaikota orowa no a ye shomoki ruwe ne: koroka, En oshiketa oshiroma wa an Michi anak koro ikip ki ruwe ne.