- ギュツラフ訳ミナ ツルニク クダモノワ ナラヌ, アノヒト ヒイテ シマウ, ミナ クダモノ ナル ツル, アノヒトワ ツクル, マアト クダモノ ナルヨヲニ。ベッテルハイム訳ワ エダノ ヲノヲノ ミ シヤウジラン モノワ, アレ トテ ドケテ, ミ シヤウジヨル エダ キヨラク ツメテ, ミ イヨイヨ シヤウジラシヨン。ヘボン・ブラウン訳すべてわか[が]枝(えだ)にありて實(み)をむすばざるものはこれをきりとり すべてみをむすぶものはおほくみをむすばんためにこれをかりこむ明治元訳我(われ)に在(あり)て凡(すべ)て實(み)を結(むすば)ざる枝(えだ)は父(ちち)これを剪除(きりとり)すべて實(み)をむすぶ枝(えだ)は之(これ)を潔(きよ)む蓋(そは)ますます繁(しげ)く實(み)を結(むす)ばしめん爲(ため)なりラゲ訳我(われ)に在(あ)る枝(えだ)の果(み)を結(むす)ばざる者(もの)は、父(ちち)悉(ことごと)く之(これ)を伐(きり)去(さ)り、果(み)を結(むす)ぶ者(もの)は、尙(なほ)多(おほ)く果(み)を結(むす)ばしめん爲(ため)に、悉(ことごと)く之(これ)を切(きり)透(す)かし給(たま)ふべし。永井直治訳すべて我に在りて實を著けざる枝は彼これを除き、すべて實を着くる〔枝〕はこれを淨む、是れ愈々さはに實を着くるため〔なり〕。大正改訳聖書おほよそ我にありて果を結ばぬ枝は、父これを除き、果を結ぶものは、いよいよ果を結ばせん爲に之を潔めたまふ。Textus Receptusπαν κλημα εν εμοι μη φερον καρπον αιρει αυτο και παν το καρπον φερον καθαιρει αυτο ινα πλειονα καρπον φερηKing James VersionEvery branch in me that beareth not fruit he taketh away: and every branch that beareth fruit, he purgeth it, that it may bring forth more fruit.バチェラー訳En otta okai ibe o shomoki ni-tek, Shinuma obitta oyake un omande: orowa, obitta no okai ibe o ni-tek anak ne naa kasu no ibe o kuni gusu, Shinuma turusakte ruwe ne.