- ギュツラフ訳ワシノ ナカニ ヲレヨ, ワシガ ヲマエタチノ ナカニヲル, ツル ブドウノギニ ツイテヲラヌ ナラバ, クダモノ ナレヌ トヲリニワ, カヨヲニ ヲマエタチ ワシノ ナカニ ヲラヌ。ベッテルハイム訳ワン ナカエ ツネニ ヲレヤウ, ワネン マタ イッタア ウチニ ツネニ ヲル, マサニ エダノ ゴトク, ブドウノ ケニ ツネニ ツカンドン アレバ ミ シヤウジヤ ナラン, イッタアン ワン ナカエ ヲランドン アラワ マタ ナラン。ヘボン・ブラウン訳なんぢらわれにをれ またわれをなんぢらにをらせよ 枝(えだ)ぶどうづるにをらざれば おのづからみをむすばざるごとく なんぢらもわれにをらずんばまたかくのごとくならん明治元訳爾曹(なんぢら)われに居(をれ)さらば我(われ)また爾曹(なんぢら)に居(をら)ん枝(えだ)もし葡萄樹(ぶだうのき)に連(つらな)らざれば自(みづか)ら實(み)を結(むす)ぶこと能(あたは)ず爾曹(なんぢら)も我(われ)に連(つらな)らざれば亦(また)此(かく)の如(ごとく)ならんラゲ訳我(われ)に止(とどま)れ、我(われ)も亦(また)汝(なんぢ)等(ら)に止(とどま)るべし。枝(えだ)が葡萄(ぶだうの)樹(き)に止(とどま)るに非(あら)ずば自(みづか)ら果(み)を結(むす)ぶこと能(あた)はざる如(ごと)く、汝(なんぢ)等(ら)も我(われ)に止(とどま)るに非(あら)ずば能(あた)はじ。永井直治訳我に居れ、さればわれ汝等に〔居らん〕。その枝もし葡萄樹に居らざれば、己自らにて實を着くること能はざる如く、その如く汝等も我に居るにあらざれば、〔實を着くること〕能はず。大正改訳聖書我に居れ、さらば我なんぢらに居らん。枝もし樹に居らずば、自ら果を結ぶこと能はぬごとく、汝らも我に居らずば亦然り。Textus Receptusμεινατε εν εμοι καγω εν υμιν καθως το κλημα ου δυναται καρπον φερειν αφ εαυτου εαν μη μεινη εν τη αμπελω ουτως ουδε υμεις εαν μη εν εμοι μεινητεKing James VersionAbide in me, and I in you. As the branch cannot bear fruit of itself, except it abide in the vine; no more can ye, except ye abide in me.バチェラー訳En oshiketa echi okai yan, orowa, echi oshiketa Ku an kusu ne. Ni-tek anak ne pungara otta shomo kotuk chiki yaikota ibe o eaikap korachi, echi utara ne yakka En otta okai shomo ne chiki ibe o eaikap ruwe ne.